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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(ネ)145号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 伊藤四郎

右訴訟代理人弁護士 神保泰一

被控訴人(附帯控訴人) 株式会社加州相互銀行

右代表者代表取締役 清水亀治

右訴訟代理人弁護士 盛一銀二郎

同 坂上富男

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、原判決の主文第二、第三項を次のとおり変更する。

(一)  控訴人は、被控訴人に対し、金一一二万〇、七六四円と昭和四一年四月一日から本判決確定に至るまで一ヵ月金二万三、五〇〇円の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人の本件附帯控訴によるその余の請求を棄却する。

三、原審における訴訟費用は、すべて控訴人の負担とし、当審における訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一当事者の申立

一、控訴代理人は、控訴の趣旨として「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき「本件附帯控訴を棄却する」との判決を求めた。

二、被控訴代理人は、控訴につき「本件控訴を棄却する」との判決を求め、附帯控訴の趣旨として「原判決中第二、第三項を取消す。控訴人は、被控訴人に対し、金一七四万八、〇〇〇円及び昭和四一年四月一日から本判決確定に至るまで一ヵ月金三万七、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、左記のとおり、附加補正するほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、その記載を引用する。

一、控訴人の主張

(一)  被控訴人主張の請求原因事実のうち、本件土地賃貸借が、被控訴人主張の如く、建物所有を目的とする賃貸借であって、一時使用のためのものでないことは認めるが、被控訴人主張の本件土地の賃料相当額はこれを争う。右賃料相当額は、不当に高額である。

(二)  本件賃貸借は、期間の定めのない賃貸借であるが、期間の定めのない賃貸借も、民法第三九五条の短期賃貸借に該当するものであることは、昭和三九年六月一九日最高裁判決(民集一八巻五号七九五頁)の明言するところであるから、本件賃貸借が右法条の保護を受け得るものであることは明らかであり、たとえ控訴人が訴外清水建設株式会社(以下清水建設と略称する)から本件賃借権を譲受けた時期が、被控訴人主張の競売開始決定後であり、またその後被控訴人自ら本件土地を競落取得したものであるとしても、その理に変りはない。

(三)  被控訴人は、控訴人主張の本件建物所有権の保存及び移転の各登記は、いずれも本件土地に対するすべての抵当権設定登記の後になされたものであるから、右建物所有権の登記をもって、被控訴人に対抗することはできない旨を主張するが、抵当権の登記後に成立した民法第三九五条所定の短期賃貸借も、建物の引渡があるときは、借家法第一条によって、登記がなくても、抵当権者に対抗できるものというべきところ(昭和一二年七月九日大審院判決、民集一六巻一一六二頁、同年同月一〇日大審院判決、民集一六巻一二〇九頁各参照)、借家法第一条による建物の引渡も、建物保護法による建物の登記も、賃貸借そのものの公示に代る簡便な公示方法という点において差違はないのであるから、建物保護法第一条の建物所有権の登記も、借家法第一条の建物の引渡と同様、これをもって民法第三九五条の登記に代り得るものと解すべきである。

したがって、控訴人の本件賃借権は、それ自体の登記こそないが、控訴人は、原審以来主張のとおり、本件土地上に存する本件建物について、その所有権登記を経由しているのであるから、建物保護法第一条により、本件土地の競落人たる被控訴人に対し、本件賃借権をもって対抗できるものといわなければならない。

(四)  以上のように、控訴人主張の本件賃借権は、所謂短期賃貸借として、被控訴人に対抗し得るものであるが、それは単に民法第六〇二条所定の五年間にとどまらず、右賃借権設定の昭和三四年八月一四日から右五年を経過した同三九年八月一四日以後も、なお引続き被控訴人に対抗し得るものというべきである。その理由は、被控訴人の本訴請求を、右賃貸借契約の解約申入れまで含んでいるものと解しても、右解約申入れは、正当事由を欠き、また信義則に反するもので、何らその効果を発生しないからである。

(五)  また被控訴人は、控訴人は、本件土地には被控訴人の抵当権が設定されていることを知りながら、本件賃借権を譲受けたものであるから、民法第三九五条の保護は受けられない旨を主張するが、右法条においては、短期賃借権者につき、何ら右の如き善意、悪意の区別をしていないから、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

(六)  控訴人は、原審において、権利濫用の諸事由を主張したが、次の事由、すなわち、

(1) 控訴人と被控訴人は、本件土地の競売期日に共に競買を申出、相競合したが、資力に勝る被控訴人が次ぎ次ぎに控訴人の申出価額を上廻る高額の申出をなし、結局資力の弱い控訴人が排除されるに至ったものであること、

(2) 建物の所有を目的とする土地の賃借権は、たとえ当事者間の合意によるものであっても、二〇年以下の存続期間を定めることは法律上禁止されている(借地法第二条、第一一条)が、それは、当該建物の経済的効用を保持し、合せて借地権者の地位の安定化を図らんとする法意にほかならないところ、今控訴人が本件土地を明渡すべきものとせんか、それは、建築後わずか八、九年にして本件建物を取壊す結果となり、前記法意にもとるのみならず、本件建物の買入代金四〇〇万円、造作模用替の経費約金三〇〇万円合計約金七〇〇万円の資金を投下した控訴人にとっては、経済的、社会的に非常な損害と打撃を受けることとなり、それは本件土地の明渡を受けないことによって被るべき被控訴人の損害に比し、甚だしく均衡を失するものであること、

もまた権利濫用の一事情として考慮さるべきである。

二、被控訴人の主張

(一)  被控訴人が、本件土地の所有者となった昭和三五年五月二五日の翌月たる同年六月から現在に至るまでの本件土地の賃料相当額は、別紙賃料相当損害金明細書第二段記載のとおりである。

(二)  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件附帯控訴趣旨どおりの賃料相当額の損害金の支払を求める。

三、原判決摘示事実の補正

(一)  原判決二枚目表六行目に「別紙第二目録記載の土地」とあるのを「金沢市彦三八番丁一一番地宅地五五坪二合(一八二・四七平方メートル)」と、

(二)  同七枚目表五行目に「二七坪」とあるのを「二七坪八合四勺(九二・〇三平方メートル)」と、

(三)  同九枚目表一一行目に「遂次」とあるのを「遂次」と、いずれも補正する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人主張の金沢市彦三八番丁一一番地宅地五五坪二合(一八二・四七平方メートル、以下原判決添附第二目録掲記の土地ともいう。)は、もと訴外遊部重二の所有であったが、被控訴人は、昭和三二年三月四日右土地に、被控訴人主張の如き第三順位の根抵当権を設定した上、同三四年一〇月一二日右根抵当権に基いて任意競売の申立をなした結果、その主張の如き競売手続を経て、被控訴人がこれを競落し、主張どおりの代金完納、所有権移転登記の手続を経由して、同三五年五月二五日完全にその所有権を取得し、また原判決添附第二目録記載の土地(以下本件土地ともいう。)上に所在する同第一目録記載の建物(以下本件建物ともいう。)は、控訴人が、被控訴人主張どおりの経緯で、その所有権を取得したもので、右土地及び建物が現在それぞれ被控訴人及び控訴人の各所有に属するものであることは、当事者間に争いがない。

二、そこでまず、控訴人主張の控訴人は、被控訴人に対抗し得る本件土地の賃借権者である旨の抗弁について判断する。

(一)  控訴人主張の本件土地に対する賃貸借契約の内容が、賃料額の点を除いて、控訴人主張のとおりであるほか、右賃貸借が建物の所有を目的とするもので、所謂一時使用のためのものでないことは、当事者間に争いがなく、冒頭掲記の当事者間に争いなき事実に、≪証拠省略≫を合せ考えれば本件建物は、もと訴外遊部重二が清水建設に建築を請負わせ、昭和三四年八月初め頃その完成をみたものであるが、遊部重二がその請負代金を支払わなかったため、同年同月一四日請負人の清水建設において、自らその保存登記をなすと同時に、その敷地の本件土地を、当時の所有者遊部重二から前認定の約定のほか、賃料は一ヵ月金二、五〇〇円の約旨で借り受け、その後同年一一月一六日控訴人が清水建設から本件建物を買受けるとともに、右賃借権も、賃貸人遊部重二の承諾を得て、控訴人が清水建設から譲渡を受けるに至ったものであることを認めることができ、これに反する証拠は何もない。

(二)  そこで、右認定の賃借権(以下本件賃借権ともいう。)が、控訴人主張の如く、民法第三九五条の保護を受け得べき所謂短期賃貸借であるか、どうかについて考えてみるに、右賃借権が建物の所有を目的とするものであって、一時使用のためのものでないことは、前示のとおりであるから、それは明らかに借地法の適用下にあるものというべきところ、借地法は、賃借権の存続期間を法定し、最も短期間の場合でも、建物の種類によって、最低限二〇年若しくは三〇年より短い期間の賃借権を認めず(借地法第二条、第一一条)、たとえ、それが当事者間の特約によるものであっても、期間の定めなき賃貸借なるものは、一時使用のためのものであるか、あるいは処分の能力または権限を有しない者を当事者とする場合のほかは、存在し得ないものというべきであるから、結局控訴人の本件賃借権も、控訴人主張のような意味における期間の定めなき賃借権としては、これを肯認するわけにはいかない。

(三)  してみれば、本件賃借権は、期間の定めがなく、したがって、民法第六〇二条所定の期間を越えない所謂短期賃貸借であることを前提とする控訴人の右抗弁は、その余の判断に及ぶまでもなく、失当たるを免れない。

もっとも、民法第六〇二条所定の期間を越える長期の賃貸借といえども、同法条の期間の限度内においては、抵当権者及び競落人に対抗できるとの見解もあるが、本来民法第三九五条の法意は、賃借権の一定期間の存続を保障するというよりも、一定種類の賃貸借すなわち民法第六〇二条所定の期間を越えない賃貸借に限り、例外的に対抗力を認めようとするところにあるものと解されるのみならず、抵当権設定後にかような長期の賃借権を設定した当事者を、かくまで保護する必要も認められないから、右見解にはたやすく左袒することができない(昭和三六年六月二三日最高裁判決、民集一五巻六号一六八〇頁、同三八年九月一七日最高裁判決、民集一七巻八号九五五頁参照)。

三、そこで次に、控訴人の権利濫用の抗弁について検討するに、控訴人が権利濫用の事由として主張する諸事情のうち、

(一)  被控訴人は、遊部重二の保証人二名のうち、一名からは、既に金三五〇万円程度を回収し、他の一名からも、金二五〇万円を逐次回収しつつあるので、もはや実損害はない旨の主張事実については、被控訴人が、保証人らから金一五〇万円を回収し、ほかに金二七〇万円の競売配当金の交付も受けていることは、≪証拠省略≫によってこれを認め得るけれども、右認定以上の主張事実は、到底これを確認するに足る証拠がないばかりか、却って右≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、遊部重二に対し、いまだ金三二〇万円程度の残存被担保債権を有していることが認められるし、

(二)  借地法において、一時使用の場合を除き、短期二〇年以下の賃借権の設定を禁止している趣旨が、控訴人主張の如き法意によるものであることは、まさにその主張のとおりであるが、それは、土地の賃借権者が、その賃借権をもって当該土地の抵当権者及び競落人に対抗し得る場合のことであって、本件の如く、その賃借権をもって抵当権者及び競落人に対抗し得ないこと、上来認定の如くである場合は、たとえ控訴人主張のように、建築後八、九年にして借地上の建物を取壊さなければならない羽目になっても、他に特段の事由なき限り、またやむを得ないところといわなければならず、これをもって借地法の前記法意にもとるとは到底いい得ないし、

(三)  その他の諸事情に至っては、仮にその主張どおりの事実が認められたとしても、被控訴人がいまだ約金三二〇万円に及ぶ被担保債権を有しおること前認定の如くであることをも合せ考えれば、有効な抵当権に基き、適法な競売手続によって本件土地を競落取得した被控訴人が、本訴請求に及ぶのは当然の権利行使というべく、これをもって権利の濫用と目するに足る根拠事由とはなし難い。

かようなわけで、控訴人主張の権利濫用の抗弁もまたこれを容れることができない。

四、してみれば、本件土地の占有権原につき、他に何らの主張、立証もない本件においては、控訴人は、被控訴人主張のとおり、昭和三五年五月二五日以降被控訴人所有の本件土地上に、本件建物を所有して、右土地を不法に占有しているものというべく、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を収去して、本件土地を明渡す義務があり、その履行を求める被控訴人の本訴請求は、その理由があるものといわなければならない。

五、そこで、被控訴人請求の損害金について判断するに、被控訴人において附帯控訴をしていない(本件附帯控訴の趣旨及び理由から考えて附帯控訴があったとは解せられない。)昭和三五年五月二五日から同月三一日までの本件土地の賃料相当額が少くとも月額金二、五〇〇円を下らないものと認め得べきものであることは、当時における本件土地の約定賃料が、前認定のように、一ヵ月金二、五〇〇円であったこと及び当審鑑定人板坂雍二の鑑定結果に徴して明らかであり、また同鑑定結果によれば、本件附帯控訴にかかる昭和三五年六月一日から現在に至るまでの本件土地に対する一ヵ月当りの賃料相当額は、別紙賃料相当損害金明細書第三段記載のとおりであると認めるのを相当とし、これと異なる甲第九号証は、それが被控訴人の依頼に基いて作成された報告書であることなどを考慮すれば、これをもって当審における右鑑定結果を左右するほどの証拠資料とはなし難いし、他に右認定を動かすに足る証拠もない。

してみれば、控訴人は、被控訴人に対し、右不法占有による損害金として、(一)昭和三五年五月二五日から同月三一日までの一ヵ月金二、五〇〇円の割合による損害金五六四円(円以下切捨)、(二)本件附帯控訴にかかる請求のうち(イ)昭和三五年六月一日から同四一年三月末日までは、その間の右賃料相当額合計金一一二万〇、二〇〇円、(ロ)同年四月一日以降本判決確定に至るまでは、一ヵ月金二万三、五〇〇円の割合による各損害金をそれぞれ支払う義務あるものというべく、したがって、被控訴人の本訴損害金の請求は、少くとも右限度においては理由があるが、その余については、うち一部は、被控訴人も前記のように附帯控訴をしていないし、他は失当たるを免れないからいずれにしても右範囲を越えてはこれを認容することができない。

六、以上説示の次第によって被控訴人の本訴請求は、附帯控訴による請求拡張部分も含めて、建物収去、土地明渡ならびに金一一二万〇、七六四円と昭和四一年四月一日から本判決確定に至るまで一ヵ月金二万三五〇〇円の割合による損害金の支払を求める限度においては正当であるが、その余はこれを認容し得ないものというべく、したがって、原判決中、被控訴人の請求を認容した部分は、結局相当であるが、その余は一部失当たるを免れないので、控訴人の本件控訴は、これを棄却し、原判決は一部これを変更し、被控訴人の本件附帯控訴による請求中、右理由ある部分を認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢田哲夫 裁判官 島崎三郎 井上孝一)

〈以下省略〉

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